届かずの手紙。ボクが死んだ日はハレと百名ヒロキさん

見たことねぇもんを好きとか言えねぇよ。

自分の好きには責任を持ちたいし、好きの質を下げたくない。見てから決める。色々と。

厄介なこだわりを持っていたがゆえ、仲田拡輝が百名ヒロキになり、ブログを始めビジュアル解禁をしたところで、ファンにはなれなかった。頑張ってくださいと思っているのに好きではない。へんな数ヶ月を過ごした。

だから実際にハイッ百名ヒロキさんとご対面!となったら、絶対に泣くと思った。
「あぁやっぱり拡輝だ」という安心感、観劇出来た感動で。なるまいなるまいと思いながら、自担がジャニーズを辞めた悲劇のヒロイン的思考が多少あったのも否めない。やましい感情もふくめ泣く気は満々だったが、結論から言うと泣かなかった。

ボクが死んだ日はハレ。30代のかおり、40代のしょうこ、50代のミミ(初美)が登場する。
芸能界で栄華を極め、落ちぶれた後の3人。過去に何かしらのトラウマやしこりを感じて生きている。
彼女たちのように何かしらの高みに登りつめたことがない私は、転落する用の坂すら感じない平凡な人生を生きている。抱えるのが困難なほどの豊かな過去を持っていない。
そんなわけで彼女たちにはなかなか感情移入が難しい。しょうこのマネージャー兼、現役アイドル時代からの強火しょうこ担である篠原マネージャー以外をもっぱら他人事として観ていたのだが、後々色々覆る。

帰宅して息子のひかると話すミミさん。
普通の仲の良い親子とは、こんな感じなんだと思う。軽口叩く息子と、やめろと言いながら愛しそうに話すお母さん。
歪みがちな口角は普通に喋るようになっていたし、バックでバシバシ踊っていた時より痩せていた身体。膝小僧というよりは膝赤ちゃんと呼ぶにふさわしいツルッツルの膝を見せながら、仲田拡輝ではなく、百名ヒロキでもない(もっとも百名ヒロキのことはまだよく知らない)佐藤ひかるがいた。
あんなにくるっと綺麗に巻いていたつむじが焼きたてのパウンドケーキみたいにパックリ割れているのを見て、もう彼はアイドルじゃなくて俳優なんだなと思った。そういう大事な変化はもう少しエモーショナルな部分で感じたかったものだ。自分のふざけた人間性を悔やむ。

認知されないまま出産し、シングルマザーとしてひかるを育てたミミさん。ひかるに父親の存在を隠していたミミさん。人気シンガーの子、シングルマザーの子という周りが好奇の目を向けるには十分な環境にある小学生のひかる。
「いじめられてないもん!」
「触らないで!嘘つきがうつる!!」
膝を抱えながら机の上で足をダンダンと踏んで泣く姿は、胸に詰め込んだ気持ちを爆発させたいのに大人を負かせる言葉が出てこなくて泣く子どもそのもの。大人が演じる子どもに優しい目を向けるスキルが無い私でも、ひかるを可哀想に思った。

だからこそ、中3でグレたひかるには「お前ふざけんじゃねぇぞ」と思ったし、ミミさんの肩を持ちまくった。怒鳴ったり暴れたりした方がまだマシな反抗期だ。
「お金を恵んでくださぁい」
とナメた口調で金をせびり、
「殴るの?」
と静かに牽制する。あたかも自分が正しいかのように語るひかる。家庭環境の理由でグレる奴はみんなあんな風になるのだろうか。お前は中3でグレたうちの弟か!ソックリだバカ野郎!
アンダースタディの時は「この人普段こんな風に怒ったりしないんだろうなァ。へへへ」と思ったものだが、百名ヒロキの演じる反抗期佐藤ひかるには素で苛立ってしまった。ミミさん、絶対お金渡しちゃダメ!ミミさんは悪くない!

そんなひかるに「こうなったのは私の責任です。一心同体と思っていたけどあなたと私は他人です。あなたの育て方を考えさせてください」のようなことを言う。悔しさと憤りと無念を背負った肩。自分の境遇と気持ちを1番よくわかる息子に否定された。子供がいない私ですら辛かった。

死んだ人を想う時、なぜか楽しい過去は1番に浮かんでこない。
結局なっていない、立派な先生になってくれと言われたこと。面と向かって言うのがこわかったから、運転中に後部座席から進学校には行かないと言った時のこと。その時の怒りと悲しさを持った声。私が亡くなった大事な人を思い出す時も、楽しい思い出より先にそれが浮かぶ。
だからミミさんの中で生きているひかるが決して良い子で可愛い息子だけではないのにも自分の心をえぐられた。生きる側の人間は、叶えてあげたかったことをたくさん思い出してしまう。それが1番、思い出しても仕方ないことなのに。

かるとミミさんの最後の家での会話。
リズミカルかつ走馬灯のようにスピードをつけて、繰り返し同じ光景を観客も見せられる。3回目くらいには「わかったからもう止めようミミさん」と思ってしまう。何回やっても変わらない過去に固執してしまうミミさんに、いい最期の別れが出来なかった自分をうつしてしまう。
ひかるが消えてしまわないように、過去の記憶を改ざんしようとするミミさんを許してしまいそうだった。

「本当のあなたはこう言った。」

なんて酷なことをするんだひかる。現実突きつけるほど辛いことはない。

現実世界で共に生きる人たちの協力を得て、今一緒に生きる人たちと前を向けと諭すひかる。
生まれてから死ぬまでの人生をイキイキとうたい踊る。そうか。その人の人生は、自分と関わり自分がなし得なかった辛い出来事だけで形成されてるんじゃない。楽しい日、嬉しい日、共に生きてきた幸せな時間が繋がって出来ている。
何だかみたことがあるような仲田さんが踊っている。全く知らない百名ヒロキが踊っている。仲田さんと百名さんが繋がって、佐藤ひかるが踊ってる。
ミミさんの中に生きるひかるがイキイキと死んでいく姿に、ミミさんと自分の未来を感じた。
ジャニーズJrにいた大好きな仲田拡輝を、改ざんせずに終わらせることが出来た。


今までは幕があがれば自動的に、理想かつ求めている仲田拡輝がいた。それを観に行っていた。これからは舞台の幕が上がっても、求めている人はそこにいない。毎回違う百名ヒロキ…百名ヒロキが演じる人間がいる。
いかに毎回、出会った百名ヒロキを、演じる役を好きになれるか。そんなふうに観に行くことが応援になっていくのだな。

芸術に片足突っ込んでる人間としては舞台は芸術として咀嚼したいところだが、今のところどうにもこうにも百名さんに関心が行き過ぎて作品に没頭出来ない。本質がジャニヲタ。両方をバランス良く楽しめたらいいのだろうけど。今回はバランスとるのに集中しすぎてちょっと疲れた。

情熱というより好奇心。私が仲田さんを何回も観るハメになっているのは「なんか面白いことありそう」からだった。
百名ヒロキに対しても、同じことだ。対する想いが憧れなのか、愛情なのか、自己表現なのか、興味なのかわからない。何なのかわからなくて、それを確かめに会いに行く。多分、これからも出会いに行く。

観劇後胸がいっぱいになった。考えたいことでいっぱいになった。
手紙のひとつでも置いていこうかと思ってロシアから書いておいたやつは、渡さず駅のゴミ箱に捨てた。仲田拡輝を想った手紙を百名ヒロキに読ませても仕方ない。

仲田拡輝を観に行って、百名ヒロキのファンになった。
多分、今の百名ヒロキは限りなく正しくて、限りなく間違いというものがない世界にいる。