ふぉ〜ゆ〜はノンフィクション。

例えば、あるジャニーズユニットは、酸いも甘いも経験した苦労人たちによる、夢の実現を見せてくれる集団だとする。
見せてくれるのは、夢。自分がなし得なかったことを擬似体験したり、見たこともないものに直面したり出来る。ある意味ドラマ。

それに対して、ふぉ〜ゆ〜。

酸いも甘いも経験した苦労人たちによる、ドキュメント。彼らの生き様自体が夢。見せてくれるのは、彼らの、むしろ自分が置かれている、現実。
リアリティに溢れていて、ノンフィクション。親近感という名の生々しさ。

突然どうしたよ、って話ですが。

プレゾンが終わって、観たものを何度も頭で再生しているんですが、いないんです。「嘘くさいふぉ〜ゆ〜」

もちろん必要に応じてキャラを作ったり、雰囲気を演出したりはしてると思います。長い芸歴だし「ありのままのオレを」みたいなちょっとわけわかんないノリで舞台の雰囲気壊すような人たちではないから、フィクションの部分はもちろんある。と、受け取らさせていただいています。

それをふまえて。

カンパニー全員で踊ってる時も、気まぐれにone way 走られてる時も…どうしてもジャニーズという華やかな世界に引き込まれるトリップ的な高揚感よりも、「オレが夢見せてやるよ」みたいなものよりも、「まだまだ若いもんには負けないぜ」みたいな気迫のほうが勝っている気がした。むしろそっちが垣間見えた時のほうが、彼らがずっとずっと魅力的に見えた。

Jrでは最年長グループだし、主軸お三方にもしたわれてる人たちじゃないですか。プレゾンでの在り方として、
「オレたちの背中見てろよ」
とか
「オレたちは違うんだぜ」
みたいなものも、やろうと思えば出来るポジションじゃないですか。
そんな人たちが、椅子ドンという貪欲過ぎるアイドル精神みせたり、割りと滑り芸なことしたり、端正な顔をぐっちゃぐちゃにして舌出して狂ってる。もう、夢なんてない。訴えかけてくるノンフィクション。
その生々しさに、すごくテンションが上がったんです。ヤバイ、これ見ておきたい。見なきゃ損する。現実って、ヤバイ。
半ばダンスのコンセプトとかそっちのけで「今ここでふぉ〜ゆ〜見とかないと」が迫ってきたんです。

もしかしたら、アイドルなんだから夢見させてくれよ、という人には、つまらないかもしれない。彼ら自体に興味を持たなければ(舞台の世界観ではなく福ちゃんに、辰巳に、こっしーに、ザキさんに興味がなければ)一生ふぉ〜ゆ〜を好きになれないかもしれない。

でも、実は今までいなかったんではないだろうか。お涙頂戴しない。自分たちの立ち位置を不幸売りしない。ドラマティックなどでかい事件やエピソードも表に出さない。ひたすら努力して、ひたすら舞台出て何と無く謙虚なのが生々しいユニット。

昔の苦労話なんて知らないしこれから調べる気もない。プレゾンという環境がそうさせるのかもしれない。メディアにほぼ出ないJrが過半数のあの状況がそうさせるのかもしれない。

間違いないのは、ふぉ〜ゆ〜のノンフィクション感は「売り」じゃない。
「気づいてしまったらヤバイやつ」




蛇足。

気まぐれone way boyがなんかクスクスしてしまったのは、彼らが謙虚で真面目に真剣に「気まぐれ」演じてるのにリアリティがありすぎたからだと思う笑